マイントピア別子

愛媛旅行最後の見学地はマイントピア別子です。マイントピア別子は別子銅山跡地に作られたテーマパーク、今年二度目の『穴があったら入りたい』活動です。

マイントピア別子へは、JR新居浜駅から路線バスを利用します。所要時間25分、380円。1時間に1本程度なので時刻表要チェックです。

出発するとまもなく山の中へ。ちょっと天気が不安です。

マイントピア別子に到着。バスを降りるとすぐに本館、チケット売り場・食堂・土産物店などがあります。マイントピア別子の目玉ポイントである鉱山観光砂金採り体験コーナーにはこの建物を起点として移動します。

東洋のマチュピチュツアー

13:00、予約してあった『東洋のマチュピチュツアー』で東平とうなる地区へ向かいます。
東平地区は標高750mの山中にあり、大正5年(1916年)から昭和5年(1930年)にかけて別子銅山の採鉱本部が置かれていた場所です。最盛期には5000人もの鉱山関係者とその家族が住み、1つの町として賑わっていました。現在も採鉱施設の遺構が残っているということなので是非見学したいと思っていました。路線バスでアクセスできる本館から11kmも離れた場所なのですが、定期観光バスツアーが本館前から出発しているので、僕のように公共交通機関しか長距離移動手段がない人間でも見学可能です。

※自分の車でもアクセス可能ですが、車がすれ違えないほど道が狭い箇所もあるそうなので
※お出かけの方は十分ご注意下さい

東平地区駐車場周辺

東平地区駐車場に到着。ここは鉄道のプラットフォームだったそうです。

東平地区の全体図はこんな感じ。今回見学したのはこの中心部、右寄りの駐車場周辺と、その左下にある採掘現場後です。

駐車場近くにあるレンガ造りの建物は、明治期には配電所、大正期には林業家事務所、その後は保安本部として使われていました。いまはマイン工房として、銅板工作体験ができます。

駐車場から見える向かいの山には鉱山鉄道が走っていたそうです。

ガラスのパネル越しに山を観て、パネルに描かれた線と山の形ををあわせると、鉄道の走っていた場所が判るという仕掛けがありました。

貯鉱場跡

駐車場の端から斜面下を見下ろすと、貯鉱場の屋上が見えます。

インクライン(斜面に作られた運搬用のケーブルカー)跡に作られた階段を下って貯鉱場跡まで下りていきます。この階段は220段、もとが直線斜路のインクラインなので途中に踊り場がなく、一気に上り下りするとけっこう疲れます(汗。

貯鉱場の前に来ました。明治時代に建設された重厚・巨大な建物です。建材にはしまなみ地方で採れた花崗岩が使われています。貯鉱場はこの段にある上野貯鉱場と、下の段にある下野貯鉱場に別れていました。採掘された鉱石はまず上野貯鉱場に貯蔵され、貯鉱場前(この写真を撮っている場所)にあった選鉱場で銅の含有量によって選別されました。

貯鉱場前に見えるレンガの柱は選鉱場のものでしょうか。崩れてしまっていますが、まぁ建設されてから100年も経っていますからね…。

索道停車場

さらに下って、索道停車場のあった段です。写真ではちょっと判りにくいのですが大きな建物は下野貯鉱場で、その手前にある小さな赤レンガの建物(赤レンガが黒ずんでしまって背後の貯鉱場と区別がつきませんが…)が索道停車場です。索道とは荷物運搬用のロープウェイのことで、東平と端出場(現在マイントピア別子本館のある地区)を結び、鉱石、生活用品、郵便や新聞などを輸送していました。モータ等の動力は無く、下りの貨物(鉱石)の重みで動いていました。

この赤レンガの建築物が停車場の遺構です。鉄骨がHの字型ではなくコの字型(写真左上の飛び出している鉄骨が判りやすい)だったり、レンガの積み方がイギリス積みだったり、といった特徴があります。

採掘集落

さらに下の段は、案内板によると『採掘集落の復元』とあったので、鉱山関係者の住居があったのでしょうか。

その後、資料館も見学して(写真はありません)、東平地区の見学終了。

砂金採り体験

バスで本館まで戻り、次は砂金採り体験。本館内から連絡通路が続いています。
1回600円(30分)

比重の違いを利用して、砂の中から砂金を見つけるのですが、やってみるとこれが難しい…。

やっと1粒みつけたのですが、写真だとよく判らないですね。

観光列車

Exif_JPEG_PICTURE

続いて、観光坑道へ。本館に隣接した端出場駅より観光列車に乗って出発。

遠いのかと思ったら、400mほど走ったらもう終点でした。
なお、転車台などはないので、帰りはこのままバックしていきます。

鉱山観光

駅から少し歩いて観光坑道の入口へ。坑道入口と橋を除けば、周囲の景色は完全に山の中です。

江戸ゾーン

歓喜坑かんきこうの入口。元禄4年(1691年)、別子銅山で最初に開かれた坑道です。『将来有望な銅山の坑口に立って、前途を祝福し、抱き合って歓喜した』ことからこの名がついたそうです。左に鉱石を掲げて歓喜している人がいますが、あまり気にしない方向で。

まずは『江戸ゾーン』。江戸時代の坑道のジオラマが並んでいます。
最初は『負夫おいふ堀子ほりこ』。追夫とはカゴを背負った運搬夫、堀子とは採鉱夫のことです。右端の負夫は螺灯らとう(サザエの貝殻で作ったランプ)を手にしているようです。

堀場(採掘場)。江戸時代には機械力は無いので、ノミとツチを使った手作業での採掘でした。

湧水の引き揚げ。地下に穴を掘れば水が出て作業の妨げになります。溜まった水をくみ出すのも重要な作業でした。縦に何本も連なっている棒状のものはポンプで、自転車の空気ポンプのような操作で水を組み上げられるようになっていました。

坑口こうぐちと風呂場。歓喜坑をでてすぐの場所に共同浴場があり、その日の作業を終えるとすぐに入浴して疲れを癒やせるようになっていたそうです。

江戸ゾーンの最後に突然現れた鳥居は、鉱業関係者が作業の無事を祈った大山積神おおやまずみのかみを祀る山神社です。

近代ゾーン

山神社を過ぎると光る鍾乳石がそこここにある短いトンネルに。マップによるとここはワープゲート、ここを過ぎると江戸時代から明治・大正時代の近代ゾーンへ。

場所じゃなくて時代が変わるのだから、ワープではなくてタイムトンネルではないのだろうか…。

近代ゾーンの目玉はこの大型の坑道ジオラマです。明治時代以降の行動の様子をまとめています。

採掘は相変わらず手作業が主ですが、インクラインやロープウェイなどで効率よく運搬ができるようになっています。

ドキュメント映像シアター。記録映像がみられます。
…ってちょっと暗すぎで、映像以外にも周りにいろいろ機材が展示されていたのですがまったく写真に写りませんでした(苦笑)

ドキュメント映像シアターの近くに巨大な縦穴がありました(真上を向いて撮影しています)。
火薬が爆発したときの抜け穴らしいです。

遊学パーク

観光坑道後半は『遊学ゾーン』。遊びながら坑道のあれこれを学べるゾーンです。

体験1

体験その1。入口は左手の階段のようです。

注意書きによると、階段の上にある扉は、エレベータのようです。

エレベータに乗って地下1000mの坑道へ。

鉱石のサンプルが展示されていたり、

機材が展示されていたり。

ひととおり見学したら、こちらのゴンドラで外へ。ええと『小学生以上』って年齢は下限しか書いてないし、体重制限も書いてないし、大人が乗って大丈夫なんだよね?

え?『最初にエレベータで下ったはずなのに、なんで出口のゴンドラがまた下りなんだ?』って?
野暮なことは訊きなさんな。

体験2

こちらは坑道内で使う様々な道具・機械が体験できます。

削岩機。動きます…といっても本物ではなく、遊園地の遊具のようなものですが。

江戸ゾーンのジオラマにもあった汲み上げポンプ。これも操作できます。水を一定以上の量組み上げると…あることが起こります。

大岩を持ち上げて記念写真を撮れるコーナー。

というわけで、観光坑道から出てきました!面白かったー!

駅でちょっと一服

観光列車の駅で、名物のいよかんソフトを食べながらひと休み。値段はいくらだったかな…東平バスツアーに参加した人は割引きになりました。

金箔入りのお茶をサービスしてくれました。

いよかんソフトは声優の水樹奈々さんオススメだそうです。サインも飾られていました。
水樹奈々さんはマイントピア別子のある新居浜市のご出身だそうです。

産業遺産

本館の方への戻りは徒歩で、周辺の産業遺産などを観ながら戻ります。

まず、観光坑道へ向かう時に列車に乗って通過したこの鉄橋。打除鉄橋といいます。キレイに塗装をなおしてありますが、明治26年(1893年)に建設されたドイツ製のピントラス橋(部材同士をピンで結合した橋)です。国内にはほとんど現存していない形式の貴重な遺構です。登録有形文化財。

時間的には観光列車がもう1便あるはずなので通過の瞬間の写真を撮ろうと撮り鉄のようなことを考えて鉄橋前で待っていたのですが、時間になっても来ません。もしかして僕が最後の客で、僕が『歩いて帰ります~』と言った時点で運行中止になったとか…?坑道内でも誰とも会わなかったしな…。

第四通洞。大正4年(1915年)に作られた坑道で、長さは4600mもあるそうです。中には入れません。

第四通洞の前にかかる鉄橋は、打除鉄橋と違って錆が目立ちます。すぐ近くに平行してもっと新しい橋が架けられていて、こちらは現在は使われていません。こういう古い鉄骨を見るとロマンを感じますね。

と、ギリギリ持ちこたえていた天気が崩れ、急にかなり強い雨が降り始めました。
幸い本館まではあと少しだったので、全速力で駆け込み。

本館から見える、旧端出場水力発電所。明治45年(1912年)に作られた発電所で、落差596mは当時東洋一でした。ドイツの有名メーカー、シーメンス社製の発電機を備え、別子銅山の機械化に大きく貢献しました。残念ながら内部の公開はしていないので、本館の2階からの外観見学です。

というわけで、江戸時代から昭和までの産業遺産の数々、非常に興味深く見学しました…。

さてこの後は

これで今回の旅行の見学予定はすべて終了。あとは帰るだけ、なのですが…

帰りは飛行機ではなく、寝台特急サンライズの予定。

サンライズは高松を21時過ぎに出発します。普通ならいまいる新居浜からの路線と高松からの路線が合流する宇多津あたりで乗り換えることになるのですが、どうも新居浜から宇多津までの経路上に上手く時間を潰す&食事できるような場所がなさそうです。というわけで、宇多津~高松間の往復切符を別に買って、高松まで行ってしまうことにしました。

※乗車券は松山から東京まで、サンライズの寝台特急券は高松発でちゃんと購入済です
※そういえば発売開始日が前回の九州旅行中だったので、
※売り切れる危険のあるA寝台特急券は門司港駅で買ったのでした。

データ

Webサイトマイントピア別子公式サイト
アクセスJR新居浜駅より、せとうちバス『マイントピア』行き(乗車20分)
営業時間09:00~17:00(最終受付16:00)
東平ツアーは11時と13時出発(要予約)
入場料鉱山観光:大人1,300円、中高生900円、3歳以上700円
東平ツアー:大人1,350円、3歳~小学生750円
(上記2つのセット:大人2,050円、中高生1,850円、3歳以上1,150円)
休業日要確認

コメント

タイトルとURLをコピーしました