上田城2

続いて【門櫓】。
先ほどくぐった東虎口門の真上の部分です。
中は通り抜けできる1部屋で、いまはビデオ上映コーナー&数点の展示があります。
上田城・門櫓.jpg
門櫓を内側から見るとこんな感じ。


上田城・門櫓・鯱.jpg
展示物の一つ、鯱。上田城跡から出土したものを参考に作られた復元品。
金箔が用いられています。
真田氏の時代にはこのような金箔の施された瓦が使用されていましたが、関ヶ原合戦後に入城した仙石氏によってすべて破却されてしまいました。
現在残っている建物は主に仙石氏の時代に建てられたものです。
それでもいまは『真田の城』として観光名所になっているのですから、世の中どうなるかわからないものです。
上田城・北櫓・外観.jpg
【北櫓】。
距離が取れないため全体がフレームに入りきらなかったのですが、南櫓と双子のようによくにた建物であることは判ると思います。
上田城・北櫓1階・真田親子.jpg
北櫓1階にはこのような実物大人形が。
中央が真田昌幸、右が信繁(幸村)、左が幸昌(大助、信繁の子)の親子三代。
関ヶ原の合戦の頃にはまだ幸昌は生まれていないので、こんな場面が上田城で見られたわけではないでしょう。
上田城・北櫓2階.jpg
北櫓2階。
写真で仙石氏や松平氏についてちょっとだけ解説。
上田城・北櫓2階・懸魚.jpg
やや殺風景な2階の展示の中で目を引いたのがこれ。
形といい大きさといい昔懐かしいゲイラカイトによくにていますが、木製。
糸をつけて跳ばすのはちょっとムリかな…。
これは懸魚(げぎょ)といって、破風(三角屋根の端面)の頂点の部分に取り付ける飾り板です。
上田城・懸魚説明用.jpg
この写真の位置にあるのが懸魚です。
これは西櫓にあったもので、安政6年(1859年)の制作。
昭和時代に櫓が修理された際に新しい物と交換されました。

タイトルとURLをコピーしました