沼津市街

沼津旅行最終日は、沼津市街地をあちこち回ります。

沼津城跡

地図を見ていて、泊まったホテルの近くに沼津城跡という文字に気付いたので、行ってみました。

そこにあったのは中央公園…まるっきり普通の公園でした…。

ちょっと調べてみると…

沼津城より前、この地には武田勝頼が後北条氏に対抗して築城した三枚橋城がありました。関ケ原合戦後には徳川16神将の一人・大久保忠佐おおくぼ ただすけが三枚橋城城主になりましたが、忠佐が世継ぎを残さなかったために慶長19年(1614年)に大久保家は断絶、三枚橋城は廃城となります。

それから160年ほど後の安栄6年(1777年)、後の老中・水野忠友みずの ただともによってこの地に沼津城の築城が開始され、安栄8年(1779年)に完成しました。梯郭式の平山城だったということですが、明治時代に建物が取り壊されたのはもちろん、堀が埋められたり曲輪が道路で分断されたり空襲で破壊されたりで城の形はまったく残っていません。

中央公園の片隅には『沼津城本丸址』の碑が石建てられています。三枚橋城の本丸もここだったようです。公園の敷地の形がどの程度城時代の本丸の形を反映しているのかは判りませんでした…。

石碑の周りの石は、静岡中央銀行新築工事の際に発掘された石で、沼津城の前身である三枚橋城の石垣のものだそうです。城時代の遺物ですぐ見られるものはこれだけのようです。

上土朝日稲荷神社

中央公園からすぐちかくにある狩野川に沿って歩いていたら、ビルの隣に小さな神社があるのが見えます。

近づいてみると、ビルの『隣』ではなくビルにめり込んで一体化しています。
ビルの中から見るとどうなっているんだろう??

これは上土朝日稲荷神社あげつちあさひいなりじんじゃ武田勝頼三枚橋城を築城した当時に城内に祀ったのが始まりとされる、小振りながら歴史のある神社だそうです。

ビルの間を通って表通りに出ると、『三枚橋城 外堀跡』と書かれた石が置かれていました。

千本浜公園

南へ進んで千本浜公園へむかいます。
桜が咲き、天気は快晴。気持ちの良い散歩です。

平日早朝なためか千本浜公園はとても静かでした。

堤防

沼津港の堤防の上に出ました。

堤防の上から直接続く公園のような物を発見。

見晴台があるだけの小さな公園ですが、どうやらこれは津波の際に緊急避難場所として機能するようです。

びゅうお

堤防に沿って進むと、津波から沼津港周辺の地域を守る大型水門びゅうおにたどりつきます。
堤防があっても港の開口部は無防備なので、水門を閉めて津波を防ぐというものです。同種の施設の中では国内最大級だそうです。
門柱の高さを活かして上部は展望台になっています。入場料100円、当日は再入場可能のようです。
展望台の高さは30m、近くで見上げると大きさに圧倒されます。

びゅうおの天望回廊に昇ってきました。

沼津港内港方面を見下ろしています。
高さ30mでは東京都心のビルと比べてしまうとずっと低いのですが、沼津市街地にはほとんどビルが無いため遠くまで見通せます。

津波を食い止める巨大な扉体。幅40m、重量は400トン以上あるそうです。

扉を上下させるための機械室でしょうか。

2本の門柱の上それぞれに天望回廊がありますが、その間を連絡通路で行き来することができるようになっています。

上ったのとは反対側、魚市場のある南側に下りてきました。

魚市場INO

沼津魚市場INO(イーノ)は、水揚げされた魚介の荷さばき・セリなどを行う市場としての機能に加えて、展望デッキやレストランなどの観光スポットとしての機能も持たせた複合施設です。上のびゅうおの写真はINOの展望デッキからの撮影です。

2階の通路から卸売場を見学することもできます。もうセリが行われるには遅い時間(10:30)なので誰もいませんが、早朝には賑わっているのでしょう。予定表を見ると『入船5時』などと書いてあったりするので、セリは5~7時台頃に行われているのではないでしょうか。
また、市内の提携ホテル宿泊者を対象に、ときどきセリ見学ツアーも開催されているようです。

このあとレストランフロアにも行ってみましたが、まだランチ営業時間前でした…。

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