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鑁阿寺/足利屋敷

鑁阿寺(ばんなじ)/足利屋敷について

栃木県足利市にある鑁阿寺に行ってきました。

鑁阿寺は真言宗大日派の本山です。鎌倉時代以来800年以上の古い歴史を持つ寺院であり、本堂が国宝にしていされている他、重要文化財などに指定されている建築物が多数あります。

またここは足利氏の屋敷跡でもあり、周囲を巡る土塁と堀は足利屋敷の遺構とされています。

※上の全体図は山門を入ってすぐの位置にあります。

外部の遺構

鑁阿寺南西隅。土塁と堀の様子がわかります。右手奥に山門前の太鼓橋が見えます。
※合成のため、通常より遠近感が強調されています

鑁阿寺の敷地はほぼ正方形、四辺を東西南北にむけています。南辺の中央にある【山門】と【太鼓橋】。
山門は室町時代、足利義輝によって再建されたもので、左右に仁王像が収められています。
太鼓橋は江戸時代の建物。

内部

【本堂】
鎌倉時代の建物だそうです。
建久7年(1197年)、 足利義兼が自宅に持仏堂を建てたのが始まりでした。 義兼の戒名が『鑁阿』です。文暦元年(1234年)に足利義氏が大堂を建立し、足利氏の氏寺となったのですが火災で焼失。 正安元年(1299年)に足利貞氏(室町幕府を開いた足利尊氏の父)によって再建されたものが現在の本堂です。
密教寺院における禅宗様仏堂の初期の例として国宝指定。

あちこち見学する前に本堂をお参り&100名城スタンプゲット。
スタンプは本堂の、お守りなどを売っている場所にあります。

【不動堂】
本堂の隣にあります。国宝。

樹齢550年といわれている大銀杏。
高さ30m、周囲9m。
縁結びのご神木ともいわれているそうです。

本堂近くにある弘法大師の像。

【多宝堂】
はっきりした建築年代不明。宝珠の中に寛永6年の銘のものがあることからその時代に再建されたと考えられているようです。
多宝塔としては国内最大のものだそうです。栃木県指定文化財。

【経堂】
室町時代の建物。
足利義兼が妻の供養のために作ったといわれているそうですが、現存しているのは応永14年(1407年)に足利満兼が再建したもの。
国の重要文化財。
内部には一切経二千巻余を所蔵。ただし通常は一般公開しておらず、中を見るには市の文化財公開日などに行くか、団体で予約をする必要があります(有料)。

【鐘楼】
鎌倉時代の建物。
梵鐘は元禄時代のもの。歴史的資料として戦時中の金属供出を免れたそうです。

鐘楼の奥へ進むと【心字池】があります。
写真は敷地南東隅からみた心の字池。奥に鐘楼が見えています。

心の字池のちかく、敷地南東部の土塁を内側から。

【稲荷堂】
本堂の北側、明治時代の建築。

【蛭子堂】
北条時子(北条政子の妹)を祀るお堂で、時姫堂とも呼ばれているそうです。
足利市重要文化財。

【校倉】
宝庫・大黒堂、ともよばれています。江戸時代の建築。
もともとは宝物庫ですが、後に足利家伝来の大黒天を祀るようになっているそうです。
足利市指定重要文化財。

【大酉堂(おおとりどう)】
江戸時代の建築。もとは足利尊氏を祀る霊堂として室町時代に建立。
明治時代からは足利尊氏の木造を本坊に移し、大酉大権現を本尊としているそうです。

【御霊屋】
最初に建てられたは鎌倉時代、
現在の建物は徳川家斉の時代に再建されたものだそうです。

南西部にはステージがあったのですが、現在は補修工事中?

経堂の裏手(北側)あたりに仮設のステージを設置する工事が行われていました。イベントでもあるのでしょうか。

なぜか敷地北西部には児童公園があります。滑り台、ブランコほか一通り遊具もあります。手前の砂場はなんだか残念な感じになっていますが。
右手には敷地西側の土塁が見えます。

データとまとめ

サイト鑁阿寺
足利氏による鑁阿寺紹介
アクセスJR両毛線 足利駅より徒歩10分
東武伊勢崎線 足利駅より徒歩15分
営業時間なし
休業日なし
入場料なし
100名城スタンプ本堂前
見学所要時間30分~
城内トイレ山門・西門・北門付近

鎌倉時代の武士館跡です。土塁と堀以外には目立った遺構がないので『城』を目当てに行くとやや物足りない感じもしますが、近くにある足利学校とセットで見学するとよいでしょう。

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