高田城

続日本100名城、登城47城目は、新潟県上越市の高田城(132番)です。

高田城址公園入口の案内板より

高田城について

歴史

高田城は、徳川家康の六男・松平忠輝のために天下普請によって築城されました。不審の総監督は忠照の舅にあたる伊達政宗が務め、慶長19年(1614年)に完了しました。しかしたった2年で忠輝は改易されてしまいました。その後は酒井家次が城主となりますが2年後に病死、その子・忠勝が跡を継いだものの翌年に松代に移封され、1~2年間隔で次々に城主が変わる状態が続きました。

その後は松平忠昌・その甥の松平光長が城主を務めますが、光長の時代の寛文5年(1665年)に天守代わりであった西櫓が地震で倒壊、三重櫓が建設され、高田城は現在に伝わる姿となりました。

光長は越後騒動により改易隣、その後数年間は幕府直轄となり、信濃の大名が1年交替で城代を務めています。

その後は稲葉正往、戸田忠真、松平定重、榊原政純と城主が次々に代わっていきますが、そもそも気候の厳しい地方である上に忠輝の改易や越後騒動で悪いイメージがついてしまった高田は大名たちから敬遠され、高田への所領替えは懲罰的な意味を持っていたようです。前期の大名たちもいずれも幕府・将軍家の不興を買った結果の高田移封でした。

明治維新後は建物は焼失または取り壊しとなり、陸軍第13師団の司令部として使われました。このとき土塁は崩され堀も埋め立てられてしまいました。現在は城の西側に遺構の一部が残されるだけになっています。

構造

東西・南北とも200m余りの正方形に近い本丸を内堀が囲み、その外側を二ノ丸と北の丸で囲み、さらに南には三ノ丸が配置されています。これら全体を外堀が囲む、同心円状の輪郭式にちかい縄張りになっています。

城内には石垣がほとんどなく、本丸・二ノ丸は土塁に囲まれていました。

見学ガイド

城は高田の市街地にあり、妙高はねうまライン高田駅からは徒歩でも20分ほどで城の北西端にたどり着けます。高田駅や上越妙高駅からバスを利用することもできます。

三重櫓や土塁などの見所は城の西側に集中しています。城の遺構の他、歴史博物館や美術館も二ノ丸西側にあり、それほど歩かずにひととおり回ることができるようになっています。

いざ登城

高田城へのアクセスは比較的簡単です。妙高はねうまラインの高田駅前の通りをひたすらまっすぐ東へ、20分ほど歩くと高田城の北堀外堀)に到着します。ただ北堀には堀を渡れる場所がないので、県道を横断したところで道1本分南に移動し、西堀にかかる橋を渡って二ノ丸に入ることにしました。

小学校(上越教育大学附属)を左手に見ながら進んでいくと、目の前に高田城の西堀(外堀)と、それを渡る橋が見えてきます。

幅の広い堀は高田城の特徴の1つです。外堀の幅は、一番広いところでは100m近くになるそうです。僕が橋を渡ったあたりは比較的狭めなのですが、それでも幅50mくらいあります。

水堀のはずなのですが…写真のとおりおびただしい数の蓮の葉に覆われてまったく水面が見えません。

二ノ丸

西堀を渡ると、そこは二ノ丸(西側)です。ページ一番上の図で判るように、もとは二ノ丸は本丸の東西にあったのですが、現在は東側は堀が埋め立てられて判別ができなくなっています。

このあたりにはあちこちにブロンズ像が設置されています。

上越市立歴史博物館

高田城二ノ丸には、上越市立歴史博物館があります。高田城や、春日山城など周辺の城(主に上杉氏の城)についての解説があります。続日本100名城スタンプ、御城印もここで。今回は昼食もここでした(別記事)。

別の図面によると、このあたりにはかつて武器倉があったようですね。

屋上展望台

展示室は撮影禁止ですが、屋上展望台から周辺を見ることができます。

屋上から見ると、西堀の幅の広さが改めて実感できます。

歴史博物館の南側には、小林古径記念美術館が隣接しています。

歴史博物館からは三重櫓も近いのですが、樹木が邪魔でよく見えません。

小林古径記念美術館

上越市歴史博物館の南に隣接して、小林古径こばやし こけい記念美術館があります。明治生まれの日本画家、小林古径の作品を中心とした展示と、移築された小林古径邸を見学できます。詳細は別記事で。

旧軍遺構

小林古径記念美術館のさらに南、外堀に面する場所には、4本の煉瓦造りの門柱があります。これは、明治41年(1908年)から高田に配置されていた旧陸軍第13師団の基幹部隊施設の名残です。当時本丸跡には師団司令部、二ノ丸跡・現在小林古径邸が復元されているあたりには師団の集会施設・偕行社かいこうしゃが置かれていました。これらはその偕行社の門柱です。

二ノ丸土塁

二ノ丸の南部には大型の土塁が残されています。土塁上の松の根が大きく露出していますが、本来この土塁はこの根が隠れる高さまで土が盛られていたということです。二ノ丸土塁はもとは外堀に沿って城を取り囲むように続いていましたが、陸軍施設の建設に伴って取り崩され、南部のごく一部のみ現存しています。

ブロンズ広場

二ノ丸跡南端は現代の公園になっています。このエリアはブロンズ広場と名付けられ、多数のブロンズ像が配置されています。

本丸

次はいよいよ本丸です。

極楽橋

もとは二の丸と本丸は南・東・北の3つの橋で結ばれていました。写真はそのうちの南にある極楽橋です。オリジナルの木橋は慶長19年(1614年)にこの場所に設けられましたが、明治時代に堀が一度埋めたてられたことで失われました。現在の木橋は平成14年(2002年)に公園開園50周年および市制30周年を記念して作られたもので、歴史資料を参考にしてかつての姿を復元しています。ただし強度などの問題から鉄筋コンクリートなどの近代工法で基礎が作られ、目に見える部分のみ木製になっています。

極楽橋の中程から。本丸を囲む内堀もかなりの幅があることがわかります。全周に渡って40~50mほどあったようです。

正面、本丸の入口には蹴出門があり、その両側の土塁には多門櫓が建てられて門を守っていました。蹴出門を入ると大きな枡形となっており、右に折れて本城御門をくぐって本丸に入る構造でした。

本丸枡形

本丸南の枡形跡です。VR写真初期方向は北向き(本丸中央向き)で、左手が西・右手が東です。西側の土塁はもとはL字型に折れ曲がって北側まで続き(たぶん正面の背の高い樹木のあたり)、東側(写真初期方向右奥)に本状御門がありましたが、現在は完全に失われています。

枡形の西側の土塁跡です。

枡形の北側です。本来はこのあたりにも土塁があり視界・進路を遮っていたはずですが、現在は完全に失われています。写真正面の方向にはかつて本丸御殿があったありましたが、現在は本丸の北半分は上越教育大学附属中学校の敷地となっており、学校関係者以外は立ち入ることができません。

三重櫓

最後に、本丸南西角にある三重櫓(西櫓)に向かいます。

三重櫓西側、本丸と二ノ丸を結ぶ橋の上から。この橋は本来はなかった物ですが、高田城址公園の見所である二ノ丸の歴史博物館・小林古径記念美術館と本丸の三重櫓の間の移動には便利です。当然、こちら側の土塁の切れ目は江戸時代のものではなく、明治時代に切り開かれた物です。

高田城には天守はなく、西櫓を天守の代わりとしていましたが寛文5年(1655年)に地震で倒壊、代わって三重櫓が建てられました。しかしこの三重櫓も明治3年(1870年)に焼失、現在あるのは平成5年(1933年)に建てられた物です。

写真でも判る通り、この櫓には石積みの櫓台がなく、土塁の上に直接建てられています。

三重櫓の外観については『高田城内絵図』など、サイズについては『高田城間尺図』が参考にされています。一重の下見板張り、一重と三重の切妻破風などの外見の特徴が古絵図によっていますが、他に外観の判る資料が少なく、推測に依っている部分も多いようです。

間近で見るとかなり凝った衣装の櫓であることが判ります。

1階

1階には高田城の構造についての解説パネルが多数ありました。

高田城本丸のジオラマです。手前が先ほど渡った極楽橋と本丸南の枡形で、本来は土塁がこのように周囲を囲む形状だったことがわかります。

2階

2階も展示室なのですが撮影禁止でした…

3階

三階は展望室になっています。

ところで、1階・3階の三重櫓内部を見ると伝統工法(木造)かと思ってしまうのですが、実はしっかり鉄骨が使われているのだそうです。

その他

日が暮れてきてしまったのでこれで見学終了です。

最後に、ちょっとだけ北堀の方に回ってみました。

北堀から本丸に渡る橋です。もともとこのあたりには木橋があったようですが、現在は完全に堀を埋めて車道が作られています。この先、本丸の入口には北不明門がありましたが現在は何も残っていません。この先は中学校の敷地なので、学校関係者以外はこちら側から本丸に入ることはできません。

北堀の様子です。西堀とちがい、こちらには蓮が見られません。

写真だと明るく見えますが、日が落ちてどんどん暗くなっているところです。今回の見学はここで終了して高田駅前まで戻りました。

データ

関連サイト高田市公式サイト内の三重櫓利用案内
地図GoogleMap
スタンプ上越市立歴史博物館受付、または高田城三重櫓1階
アクセス妙高はねうまライン 高田駅より徒歩25分
開館時間城址公園は入場随時
三重櫓は4~11月:9:00~17:00、12~3月:10:00~16:00
休館日三重櫓は月曜(祝日の場合は翌日)、祝日の翌日、年末年始、1~2月の月~木曜
入場料城址公園は入場無料
三重櫓は大人310円、高校生160円、市外の小中学生160円

・上越市歴史博物館との共通券620円
・上記2館に加え、小林古径記念美術館、日本スキー発祥記念館、
坂口記念館を含めた5館共通券1,000円

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